量子テレポーテーション

量子テレポーテーションはOptQCの最重要技術です。量子テレポーテーションの歴史は長く、理論的には1990年代に提案され、条件付き光量子テレポーテーションは1997年にZeilingerらのグループによって実証、翌年の1998年にOptQCの取締役で、ファウンダーでもある古澤明によって決定論的な光量子テレポーテーションが実証されました。
量子テレポーテーションという単語はSci-fi的な意味での「瞬間移動」というイメージと良く連想されますが、実態としては瞬間移動ではありません。量子テレポーテーションの概念は量子情報を複製できるかどうかという問いかけによって生まれました。我々が普段目にしている情報(例えば、この文章)の複製はごく自然に行えるものですが、量子情報は量子力学の構造そのものによって禁止され、単純な複製は不可能です。また、量子力学の世界では測定によって量子状態が古典情報に収縮してしまいます。この波束の収縮が発生してしまうと、量子情報ではなく、古典情報になってしまいます。そのため、量子情報を覗き、その結果に基づいて、同じ量子情報を作ることもできません。

量子テレポーテーションというのはこの量子情報を直接見ずに、離れたところで同じ量子状態を再構築するという技術です。これは見方によっては量子情報がある場所から消え、別の場所で現れることで「テレポーテーション」というように表現されます。量子情報を見ていないため、波束の収縮なども発生せず、量子情報としての性質がそのまま保持されます。この技術はさらに要素として分解すると「量子もつれ」、「ベル測定」、「フィードフォワード操作」という3つの要素に分解できます。この3つの技術要素がほとんどの量子技術の応用の基本技術になっており、量子テレポーテーションを制すれば、量子コンピュータを制するといっても過言ではありません。

OptQCの光量子コンピュータはこの量子テレポーテーションを元に各要素を発展させることで、大規模・高速、デジタルとアナログ情報を両方扱える光量子コンピュータを実現しようとしています。

量子もつれ

量子もつれというのは複数の量子モード(連続量での量子ビットのようなもの)を分離して考えることができず、古典物理学(つまり我々の日常的な直感)で説明できないような関係性のことを指しています。この分離して考えることができないということが重要なポイントで、例えば、通常の我々が目にしている複数の物体だと、接触したり、力を及ぼし合ったりしている間は確かに関係性はありますが、そういう事象がなくなったとたん、それらの間には何の関係もないはずです。量子もつれの方は一回量子もつれという関係性が発生すると、外的要因(外乱やノイズなど)によって量子もつれが解消されない限りは、いくら離れても、分離して考えることができず、すべての量子モードの情報がそろって初めて完全な情報が手に入るという状態なのです。量子もつれという概念はあまりにも我々の日常的な感覚や量子力学が定着するまでの物理学の考え方に反しており、1935年のEinstein, Podolsky, Rosenによってこの量子もつれの存在を予言する量子力学そのものが不完全な理論と主張して、EPR paradoxとも呼ばれていました。現代では量子力学の根幹に関わるため、研究が続いている部分もありますが、量子もつれの存在は幾度も実験的に示され、存在が認められています。

この量子もつれがどのように量子テレポーテーションと関連するかというと、図で表したように、2量子モードの量子もつれが生成されたとき、個々の量子モードのみでは完全な情報がなく、むしろノイズのような情報しかありません。しかし、両方の量子モードを持ってくると完全な量子情報が手に入ります。そのため、量子テレポーテーションをしたい情報と量子もつれの片方を混ぜて、測定(後述するベル測定)することで、直接量子情報を覗くことなく、この量子もつれという強い関係性を経由して、入力の量子状態を出力に量子テレポーテーションすることができます。

どの物理系でもこの量子もつれの生成というのは大きな課題です。というのは一つの量子モードを制御するために、外界から隔離させたり、様々な制御が必要にもかかわらず、量子もつれというのは繊細な複数の量子モードの間に強い関係性を持たせる必要があるからです。幸いなことに、光ではほかの物理系と比べれば圧倒的に量子もつれの生成がしやすく、量子テレポーテーションの図ではスクイーズド光と呼ばれる量子光源を部分透過ミラーに干渉するだけで、決定論的に量子もつれを生成することができます。このスクイーズド光の生成や光の干渉を制御する技術はもちろん不可欠な技術ではありますが、比較的にシンプルなシステムで量子もつれを実現できるのは光量子コンピュータの強みです。

OptQCではこの2量子モードの量子もつれのみならず、大規模な量子もつれを生成するための量子光源、干渉計の位相制御、量子もつれの測定など、量子もつれに関連する技術に熟知したコアメンバーから構成されています。

ベル測定

量子テレポーテーションでは、入力状態と2量子モードの量子もつれを用意できたら、入力モードと2量子モードの量子もつれの片方のモードを部分透過ミラーで合わせた後に、測定を行います。この一連の測定はベル測定と呼ばれます。なぜこのような測定をするかというと、2量子モードの量子もつれの関係性を経由して、量子テレポーテーションを実行したいため、入力と量子もつれの片方の間に何かの関係を持たせて測定をすると、入力情報を覗くことなく、情報が伝達することができます。これは、量子もつれの片割れを見ると不完全な情報であるということと関連して、つまりこの不完全な情報と入力情報を混ぜることで、入力状態の量子情報を覗くことなく、その関係性を定めることができるという考え方です。

光量子コンピュータの場合、量子モードではなく、量子ビットでベル測定を行うと、その測定が必ずしも成功するのではなく、かなりの確率で失敗して、条件付きしかできません。一方で量子モードを用いると、決定論的にベル測定を行うことができ、量子テレポーテーションが無条件に成功します。

このベル測定というのは2量子モードの量子もつれへの射影に対応して、その二つの測定器の測定結果に応じて、様々な量子もつれへの射影に対応します。この量子もつれへの射影測定のシステムの構成が非常にシンプルで、部分透過ミラーと二つのホモダイン測定器(バランス検出器とも呼ばれる)によって実現することができます。このホモダイン測定器というのは光通信などで良く用いられる技術です。しかし、光通信分野では古典光を扱っており、光を増幅することができたりするため、量子効率を犠牲にして高速な通信に必要な高速性を実現します。光量子コンピュータで用いる物に関しては高い量子効率と高速性を同時に実現する必要があり、世界的にはこの技術を持っている機関が非常に限られています。

OptQCのメンバーは量子モードの量子情報を高精度・高速に読み出すためのホモダイン測定およびそれによって構成されるベル測定の技術を持っており、様々な量子状態、量子もつれを観測することができます。

フィードフォワード操作

図に示された量子テレポーテーションの回路ではベル測定の結果が得られた後に、その測定値に応じて、変位操作が行われます。なぜこの操作が必要かというと、量子力学の性質ではベル測定の測定値に応じて、様々な異なる量子もつれに対応します。その場合、どのような量子もつれに対応したかによって、2量子モード量子もつれの関係性を経由して、出力状態が入力状態そのものではなく、入力状態に測定値に応じた量子操作がかかった状態になります。しかし、その余分の量子操作をどのような測定値に対しても除去することができれば、すべての測定結果に対して量子テレポーテーションが成功します。量子モードを用いた量子テレポーテーションが決定論的になる理由はこのフィードフォワード操作を実装することができるためです。

このフィードフォワード操作は一見すると重要性が認知されにくい部分があります。その理由はほとんどの処理が古典的な値を古典計算器で処理してから、量子操作に戻すだけのように見えるためです。そのためか、実証実験だけでも実際にフィードフォワード操作を行わずに、ベル測定の測定値に対して条件付きで実行してしまうような研究も散見されます。研究レベルだとそれで問題ないかもしれませんが、量子コンピュータを実装する上ではそのようなやり方は許されません。また、このフィードフォワード操作は実は非常に重要で、例えば、誤り耐性型量子コンピュータの実現方法では量子コンピュータにどこに誤りがあるかという古典情報を手に入れてから、それをどのようにフィードフォワード操作して、量子状態に戻すのかが重要な課題です。しかも、様々な要素が発展していけば、このフィードフォワード操作が量子コンピュータ全体の計算速度を最も律速する要素になります。

OptQCのコアメンバーは量子テレポーテーションを長年取り組んできた関係で、世界の誰よりもフィードフォワード技術と向き合って来て、フィードフォワード操作をどのように発展すれば光量子コンピュータを実現できるのかも理解しています。

時間領域多重プロセッサ

量子コンピュータのプロセッサというのは最初の入力の量子ビットや量子モードに対して、量子操作を行って、その計算結果に対応する量子状態を得て、測定するものを指しています。量子プロセッサは物理系によってやり方が様々ですが、いくつか重要なパラメータがあります。一つ目は量子操作がどれほど正確に実行できるのかというパラメータです。このパラメータは量子ビットを用いた量子コンピュータでは量子ゲートの忠実度(Fidelity)として表現されることが多いです。もう一つのパラメータはどれだけの入力に対して、量子操作を実行できるかというパラメータです。こちらのパラメータの定義は単なる量子ビットや量子モードの数だけではなく、その量子ビットや量子モードの間にどれだけ相互作用させることができるのかも重要になります。例えば、相互作用できない100万量子ビットを所有していても、それは1量子ビットでできることと大差はありません。どれだけの入力を処理できるのかということを、どれだけスケーラビリティ(Scalability)があるかという言葉で表現することもあります。
多くの量子コンピュータはこのスケーラビリティに対して苦戦しており、小規模な実証実験やアルゴリズムができても、その方法論の延長線上に実用的な量子コンピュータの姿がない場合が多いです。このスケーラビリティ問題に関しては光量子コンピュータではほかの物理系よりもいち早く取り掛かってきました。というのも、現代の情報社会の膨大な情報のやり取りを支えている光通信の技術を光量子コンピュータに応用することによって、少数の素子で大規模な量子情報を扱えるようになります。光は周波数、時間、空間モード、偏光などの様々な自由度があってそれらの自由度を多重化し、大容量の情報通信で社会基盤を支えています。

OptQCでは、時間領域多重という多重の手法を用いて、大規模な量子計算を実現します。これは、光の量子情報を時間的に局在された光のパルスに収納させ、その順々に生成された光のパルスが量子プロセッサに入ったり、異なる時刻の光パルスが相互作用したりして、最終的に順々に測定によって量子情報が読み出しされます。この手法では光パルスが勝手に順々に量子プロセッサに入るので、必要な素子が最も少ない反面、次々と連続的に入ってくる光のパルスの量子情報を処理しなければならないため、量子情報を高速に扱う必要があります。

OptQCのメンバーはこの量子情報と高速性を早い段階から開拓しており、常に高速な量子情報処理のトップランナーであり続けています。
画像出典元:横山翔竜

時間領域クラスター状態

量子テレポーテーションを量子計算に発展させるために、量子テレポーテーションに用いた2量子モードの量子もつれを別のものに変えなければなりません。量子テレポーテーションでは量子もつれを経由して、入力が出力として出力されるように、量子もつれはある種の量子情報処理の配線という見方ができ、入出力に必要な配線がされていれば、測定基底切り替え(後述)によってどのような量子操作も実装することができます。このような、任意の量子操作に必要な構造を持つ多量子モードの量子もつれは「2次元クラスター状態」と呼ばれます。

2013年に横浜翔竜により、1次元クラスター状態が実現され、実はこの2次元クラスター状態については創業者の1人であるアサバナントワリットが時間領域多重の手法を用いて2019年で世界で初めて実現しました。その後、この時間領域多重2次元クラスター状態の技術はさらに発展しており、世界的にもこのような量子もつれ状態を生成できるのはOptQCのメンバー以外ほとんどいません。

測定基底切り替え

量子テレポーテーションではベル測定を行うことによって、入力状態を出力側に出力させます。実はこのベル測定の測定のやり方(専門用語では測定基底)を変えることで、入力状態と同じ状態ではなく、入力状態に測定基底に応じた量子操作がかかったものを出力することができます。この量子もつれと測定基底を変えるということを用いた量子計算の方式は測定誘起型量子計算と呼ばれており、2次元クラスターとこの測定基底切り替えを組み合わせることで、量子プロセッサを実現するのがOptQCのアプローチです。時間領域多重の手法では、量子情報が光パルスとして順々にプロセッサに入ってくるので、この測定基底切り替えもその光パルスの間隔のスピードで切り替えなければなりません。この切り替えの速度・精度・やり方そのものが光量子コンピュータの物理レベルのプログラミングに対応しており、非常に重要な技術です。

OptQCの中心メンバーはこの技術を世界で初めて開拓し、様々なノウハウが蓄積されています。