光量子コンピュータの実用化に向けた確かな一歩 ー OptQC HIQALIセミナーレポート
2025年4月24日、東京・渋谷。私たちOptQC株式会社が主催する産学連携メンバーシップ「HIQALI(ヒカリ)」の記念すべき第一回セミナーが開催されました。
今回は特別に、HIQALIへの参加を検討されている企業の皆様に、セミナーの雰囲気と、そこで語られた光量子コンピュータの可能性についてお伝えします。

HIQALIは「Hub for Innovation in Quantum And Light-driven Industry(量子・光産業イノベーション拠点)」の略称。光量子コンピュータ技術を産業へ応用し、新たな価値創造を目指す先進的なプログラムです。対面とオンラインのハイブリッド形式で行われたこの非公開セミナーには、各業界を代表する企業の技術部門責任者、研究開発マネージャー、新規事業開発担当者の皆様にご参加いただきました。
3時間にわたるセミナーで明らかになったのは、日本発の独自技術が着実に実用化へ向かっていること、30年にわたる研究の蓄積が世界的な競争優位を生み出していること、そして産官学が本気で連携を始めたという事実でした。会場に漂っていたのは、派手な興奮ではなく、技術の可能性を冷静に見極めようとする「静かな熱気」でした。
光量子コンピュータの可能性と社会的価値

セミナーの口火を切ったのは、代表取締役CEOの高瀬寛です。司会の紹介を受けて登壇した高瀬は、落ち着いた口調で講演を始めました。東京大学古澤研究室で8年間光量子コンピュータの研究に従事し、博士号取得後は同研究室の助教を務めた後、2024年9月に古澤教授らとともにOptQCを創業しました。
自らの紹介とともに、HIQALIを立ち上げた理由について、画面に映し出された光量子コンピュータの実機写真を示しながら語り始めました。
「光量子コンピュータには明確な技術的優位性があります。HIQALIは、その価値を産業界の皆様と共に具体化する場です」
現在の情報技術が直面する深刻な課題。スーパーコンピュータやデータセンターは、並列化によって計算能力を向上させていますが、このペースで発展を続けると、10〜15年後には世界で生産されるエネルギーを計算資源が全て消費してしまう可能性があります。
「生成AIなんかを見ていても、エネルギーを非常に消費しながら学習していったりだとか、もしくはいろいろな配送問題だったり、材料設計みたいな分野では、完全な最適化ができないまま活動しているわけです」
高瀬は、量子コンピュータが提供できる価値を「リソースの最適化」という観点から説明。時間、労力、資金といった有限のリソースを最適化することで、より良い社会を実現できる。しかし、ベンダー側が一方的に価値を主張しても意味がない。利用者側がどのような価値を感じるかを確認する必要がある。
それがHIQALI設立の大きな動機だと語りました。
HIQALIの3つの活動とメンバーが得られるメリット
HIQALIの活動は、大きく3つの柱で構成されています。
第一の柱は「情報共有とエコシステムの構築」。まさに今回のようなセミナーがこれに当たります。最新の研究成果や技術動向を共有し、参加企業間のネットワーキングを促進します。
第二の柱は「人材育成」。レクチャーコースを通じて、光量子計算を体系的に学び、実際にプログラミングできる人材を育成します。「光量子コンピュータという分野は、量子ビットの分野に比べると人口が少ない」と率直に認めつつ、だからこそ体系的な教育の場が重要だと強調。
第三の柱は「ユースケース探索と産業応用」。2026年度からは実機利用も始まる予定で、今年度はそれに向けた準備期間と位置付けています。
「日本独自のマシンに、世界中の誰よりも早くアクセスできる場にしようと思っております」
時間領域多重が実現する革新的なスケーラビリティ
技術的な説明に入ると、高瀬は慎重に言葉を選びながら、OptQCの光量子コンピュータの特徴を解説。
「光パルスの連続量変数量子モードを使った時間領域多重の測定誘起型量子コンピュータ」という複雑な名称を、図式等を交えながら、できるだけ分かりやすく説明。
特に注目すべきは「時間領域多重」という技術的アプローチです。通常の量子コンピュータは、量子ビット数を増やすために装置を物理的に大規模化する必要があります。
しかし、OptQCの方式は違います。
「量子ビット数に依存せず、ハードウェアのサイズが大きくならない。今後どんどん計算能力が上がっていっても、ハードウェアのサイズ、そして価格感が量子ビット数に依存しないということです」

現在100量子モード程度の処理能力を持つマシンが、2028年には次世代機へと進化する展望も示されました。その次世代機では、現在の100倍を超える処理能力を実現する技術的ブレークスルーについても言及。
クローズドコミュニティだからこそ、その実現を可能にする画期的なアプローチについて惜しみなく語られました。
高瀬は最後に、改めてHIQALIの意義を強調。
「このマシンが皆さんが今いらっしゃる会社とどのようにつながっていくのか、そこを考える機会にできればいいなと思っております。デバイスメーカーの方もいらっしゃいますし、ソフトウェアの会社の方もいらっしゃる。様々な光量子コンピュータの関わり方があると思います」
古澤教授が語った30年の研究蓄積と光方式の本質的優位性

10分間の休憩を挟んで登壇したのは、東京大学大学院工学系研究科の古澤明教授。理化学研究所量子コンピュータ研究センター副センター長も務め、OptQCの取締役でもある、光量子コンピュータ研究の世界的第一人者です。
「ご紹介では東大の話だけでしたが、私は3つのポジションを持っています。東大では基礎研究、理研では量子コンピュータを作っています。実際に成功しました。そして最後のOptQCでは、それでビジネスをするということです」
古澤教授は、自身のキャリアを振り返りながら講演を始めました。
「量子コンピュータを30年やっていまして、多分世界で最も古株の一人だと思います」
量子コンピュータ研究の黎明期 - QUICプロジェクト
古澤教授は、1996年に始まった米国DARPA(国防高等研究計画局)の量子コンピュータ研究プロジェクト「QUIC」のオリジナルメンバーでした。当時の写真を示しながら、量子コンピュータ研究の黎明期について語りました。
「このQUICプロジェクトでは2つのことを研究していまして、一つは量子コンピュータの実機を作るハードウェアがらみの研究。もう一つはソフトウェアというか、基本システムの理論研究です」
プロジェクトには、後にノーベル物理学賞を受賞することになる研究者や、量子誤り訂正理論の創始者など、そうそうたるメンバーが参加していたことが紹介されました。古澤教授は、1998年に世界初の決定論的量子テレポーテーションに成功し、Science誌の世界10大成果に選ばれた経験も語りました。
デジタルからアナログへ - エネルギー問題の本質的解決

古澤教授の講演で最も印象的だったのは、現在のコンピュータが抱える本質的な問題についての指摘でした。
「今日話したいことは、我々の量子コンピュータは極めて合理的です」
教授は、デジタル計算の非効率性について独自の視点から解説。なぜ現在のAIが大量のエネルギーを消費するのか、その根本原因に迫りました。一方で、アナログ計算がいかに効率的かという点についても、具体的な計算例を交えて説明。
この古澤教授の説明は、光量子コンピュータが目指す方向性を端的に表しています。
光通信技術との融合とAIへの応用
古澤教授は、理研で開発した光量子コンピュータの性能指標についても解説。
「我々は光通信に習っています。光通信って通信路はアナログなんですよね」
古澤教授は、光通信技術との融合により、既存の産業技術を活用できる点も強調し、さらに、現在のAIが抱えるエネルギー問題を解決する、ニューラルネットワークへの応用についても熱く語られました。
講演の最後に、古澤教授は光量子コンピュータとAIの相性の良さについて言及し、エネルギー効率的なAI処理の可能性を示しました。
パネルディスカッションで浮かび上がった産業化への具体的道筋
休憩を挟み、最後のセッションとなるパネルディスカッションが始まりました。モデレーターを務めるのは、Fixstars Amplifyの平岡卓爾氏。量子コンピュータのソフトウェア開発で実績を持つ同社の立場から、議論をリードしていただきました。
パネリストは産官学から選ばれた5名の第一人者たち。それぞれの自己紹介から、日本の量子コンピュータ業界の層の厚さが伺えました。
産学連携の実例と成功の秘訣

慶應義塾大学の山本直樹教授は、同大学の量子コンピューティングセンターでの取り組みを紹介。
「我々は学内にセンターを作って、誰もが知る自動車メーカー、金融機関、素材・化学メーカーなど、多様な企業から研究員を常駐いただいて、ずっと一緒に議論し続けています」
山本教授によると、バックグラウンドが異なる研究者たちが、量子コンピュータという共通のキーワードに向かって議論することで、非常に良いシナジーが生まれているとのことです。
「バーチャルではなくリアルなコラボレーションが必要だろうということで始めました。6年間続けてきて、確実に成果が出始めています」
政府の本気度を示す支援体制

経済産業省の田中真人氏は、今年4月に新設された量子産業室の意義について語られました。
「量子をはじめとした先端技術の産業化を、世界に遅れずにやっていかなければいけないという経済産業省の思いの表れです」
田中氏は具体的な支援策についても説明。産総研に整備されたG-QuATという施設では、コンピューティング施設、試作環境、評価環境が用意されており、ビジネス利用も可能な制度設計がなされているとのことです。
「まだ何ができるかが見えてこないというのが企業側の課題です。NEDOがユースケース集を作ったり、今年は懸賞金事業も始めました。多くの応募があり、アニメ、観光、人生設計など、思いもよらない提案が上がってきています」
政府として、最初のハードルを下げる努力を続けているという心強いメッセージでした。
投資家から見た光量子コンピュータの可能性

グローバル・ブレインの新津啓司氏は、投資家の視点から光量子コンピュータの特徴を評価。
「光という量子コンピュータは連続量の計算を行えることで、これまでのゲート型とは特徴が異なります。どういったアプリケーションで産業応用ができるのかを産の方々にアピールしていくことが重要です」
新津氏は、海外の量子スタートアップの成長事例も紹介。IonQは上場時の売上2ミリオンドルから2024年には43ミリオンドルまで成長し、PsiQuantumは2025年3月に750ミリオンドルを調達してバリュエーション6.8ビリオンドル(約1兆円)に達したことを明かしました。また、Googleが誤り訂正の成果を発表した際にはRigettiの株価が大きく上昇するなど、技術的ブレークスルーが市場に与えるインパクトの大きさも示されました。
ソフトウェアとエコシステムの重要性

NVIDIAの濵村一航氏は、ハードウェアだけでなくソフトウェアの重要性を強調。
「NVIDIAは本質的にはソフトウェアとエコシステムの企業です。ソフトウェアが提供することはハードルを下げること。コンピュータアーキテクチャの階層化と抽象化により、低レイヤーを意識せずに使えるようにすることが重要」
濵村氏は、自身がIBM時代にQiskitの開発に中心的に関わった経験から、コミュニティ活動の重要性も指摘。ユーザーのモチベーションを高める活動の重要性にも触れられました。
技術の社会実装に向けたロードマップ

弊社CTOのアサバナント ワリットは、光量子コンピュータの技術ロードマップについて説明。
「現在は純粋な連続量の線形演算しかできないマシンですが、今後は非線形性を入れていきます。2-3年後には産総研で作ろうとしているマシンは100より少し多い入力数になり、5年後くらいには1万、10万といった大規模な入力ができるようなマシンになっていく予定です」
ワリットは、技術の普及における課題についても率直に語りました。
「連続量という未知の分野なので、ユーザーに理解してもらうのは非常に重要。HIQALIの活動を通じて、ユーザーさんに届けていきたい」
長期的視点の重要性
議論の中で特に印象的だったのは、山本教授の「粘り勝ち」という表現でした。
「私は量子コンピューティングを始める前、CVQ(連続量量子計算)をやっていて、光の方式をずっとやっていました。ニューラルネットワークのブームは50年かかりました。1970年代から始まって、今ようやくお金が回っている。粘り勝ちした感があります」
山本教授は続けて、「量子も20年待てるかどうかが大きいところかなと思います」と、技術開発における長期的視点の重要性を強調。
短期的な成果と、長期的な技術投資の必要性。その葛藤と向き合う中で、「粘り勝ち」という言葉は一つの指針となりました。
会場からの質問と活発な議論

パネルディスカッションでは、会場からも質問が寄せられました。技術のライセンス戦略について、ライブラリ開発の進め方について、実装における課題についてなど、実践的な質問が相次ぎました。
パネリストの皆様からは、それぞれの立場から率直な回答をいただき、中には「言っていいのかな?」と思うような踏み込んだ発言も。まさにクローズドなコミュニティだからこそ可能な、本音の議論が展開されたのです。
HIQALIが提供する価値と参加企業への期待

パネルディスカッションの締めくくりで、モデレーターの平岡氏はこう述べられました。
「今日はワリットさんの発言も、さりげなく言っていいんだか悪いんだか、ギリギリのところを攻めた発言がありました。今後もこのメンバーシップではそういうお得情報を聞けることもあるかと思います」
この「ギリギリのところを攻めた」という表現が、HIQALIの本質を物語っています。公開セミナーでは決して聞けない、技術開発の最前線の生の情報。それがクローズドな環境だからこそ共有されるのです。
HIQALIが提供する3つの価値
第一に、世界最先端の研究成果への早期アクセス。古澤教授が30年かけて築いた技術基盤と、OptQCが進める実用化の最新情報を、どこよりも早く入手できます。
第二に、体系的な人材育成プログラム。7月から始まるレクチャーコースでは、連続量量子計算の基礎から実装まで、体系的に学ぶことができます。講師陣は全て博士号を持つ専門家で、ハードウェアの特性まで踏まえた実践的な教育が受けられます。
第三に、2026年度以降に予定される実機の優先利用権。世界に先駆けて光量子コンピュータを活用し、自社のビジネスに応用するチャンスが得られます。
参加者の声が物語る価値
セミナー終了後、参加者の皆様からは様々な感想をいただきました。
「正直、ここまで具体的な話が聞けるとは思っていなかった」
「量子コンピュータというと難しそうなイメージがあったが、ビジネスとしての可能性が見えてきた」
「パネルディスカッションで出た『粘り勝ち』という言葉が印象的だった。長期的な視点で技術投資を考える必要性を改めて感じた」
セミナー後、多くの参加者様に懇親会に参加いただき、和気藹々とセミナーの感想を語られていました。


日本発の技術が世界標準になる日
セミナー全体を通じて感じられたのは、参加者全員が共有する静かな熱気でした。派手なプレゼンテーションや過度な期待を煽る演出はありません。しかし、確かな技術的裏付けと、実現可能な将来像が示された、光量子コンピュータの可能性が確信されたような会となりました。
OptQCは昨年9月の設立からわずか半年で、すでに多くの実績を積み重ねています。東大IPCのアクセラレーションプログラムや内閣府BRIDGEプログラムでの採択、AISolスタートアップ認定、そしてEYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤーでの表彰。これらは全て、技術の確かさと事業の将来性が認められた証です。
光量子コンピュータという、まだ多くの人にとって未知の技術。しかしこの日、渋谷に集まった先駆者たちは、その可能性を確信し、実用化への道筋を共有しました。エネルギー問題、最適化問題、AI処理の効率化――現代社会が抱える様々な課題に対して、日本発の技術が解決策を提示する。その最前線に立つチャンスが、今ここにあります。

HIQALIへの参加申し込みは、hiqali@optqc.com まで。第3回セミナーは10月「量子技術の最先端」をテーマに開催予定です。メンバーシップ会員になると過去の配信動画も閲覧が可能です。
技術革新の歴史は、常に先見の明を持つ者たちによって作られてきました。光量子コンピュータという新たな地平線に向けて、一歩を踏み出す時が来ています。私たちと一緒に、その歴史を作っていきませんか。
※本記事に記載されている企業の業績数値等については、セミナー開催時点での発言に基づいており、最新の情報とは異なる可能性があります。